ジュリアとダニエルの物語は、現代的な クラッシックな方法、つまりマッチングアプリから始まりました。 いくつかの絵文字、愛犬、コ-ギ-への共通の愛情、そして二つの盆地(ノ-スリッジ市-ジュリアの出生地 対 サンタクラリタ市-ダニエルの出生地) についての軽い冗談が、急速に親近感を生み出しました。 1か月間のメッセ-ジのやりとりと、もうすぐくる 相手との交流期限切れに、2021年7月21日に、実際に会う事にしました.初めてのデ-トは、ハモサビ-チにあるレストラン、パルミラで、ダニエルは、ジュリアが、テキストでうっかり“デイブ” と呼んでしまった事をからかいました.ジュリアは、笑って受け流し、カクテルと前菜の前に座った瞬間から、ダニエルは、彼女のユ-モアあるセンスと思いやりある心に、“ここが我が家のように感じる”と思いました。 夕食後、2人は、桟橋を渡りライトハウス カフェでのジャッズのショ-を見にいきました。 ダニエルの仕事上のお客さんの1人が演奏していたのです。生演奏への共通の楽しみ、ステージからの迫力、そして初めてのダンスがその夜を 特別な時間にしました。更に、予想外の初デ-トの展開が待っていました。夜遅くのライトハウスの伝統として、ショ-に参加していた人々が近くの海に飛び込むのです。ジュリアは、丁寧に断りましたが、ダニエルは参加しました。砂だらけで、ずぶ濡れの彼は、ジュリアと の機会を台無しにしたと確信しましたが、ジュリアは、彼の自由な行動が気に入り、2回目のデ-トもすぐ決まりました。 2回目のデ-トでは、更に大きな驚きがありました。2人は、同じ誕生日、3月21日である事を発見したのです。又、同じ大学卒、同じロサンゼルス出身、お互いの兄と妹が同じ名前、さらには、大学時代に親指を同じように怪我したという偶然など、まるで運命が働いているかのようでした。 彼らの愛は、急速に育ち、数え切れない程の冒険で結ばれて行きました.サ-フィン(ダニエルは、ジュリアに追いつく為にボ-ドを購入)、コンサートやフェスティバル、家族行事の参加、そして大陸を超えた旅行など、あらゆる面で息が統合しました.ジュリアは、ダニエルにスノ-ボ-ドを教え、ダニエルは、ジュリアにゴルフを教えました。刺激的では、ありながらも、どこか懐かしい安心感のある生活を築いていきました。 時は、進み、2024年11月、箱根、日本。 森を見下ろすキャビンで、ジュリアがスパを終えて 雨に濡れながら散歩した後、キャビンに入ると、ツインクルライトが部屋中に点灯し、2人が大好きな曲“オ-シャン”が流れていました。 ダニエルは、ジュリアに、“君は、私の家族だ”と伝え、これからの人生を一緒に過ごして欲しいと尋ねました。 ジュリアは、“はい” と答えました。 あの初めての海への飛び込みから5年後、ジュリアとダニエルの物語は、数え切れない冒険、不思議な偶然 そして益々深まる愛と共に続いています.婚約発表で、最も的確に表現されていた通り、彼らは、“平行線のふたりで、運命がその交わりを選んだ” のです。 日本は、ジュリアとダニエルが永遠を選んだ場所となり、今回、家族、親戚や友人達に囲まれ、ここ京都、日本にて結婚式を挙げる事となりました。皆様の暖かい御支援と御祝杯をこれからも宜しくお願いします。